『旅が生き甲斐。妻とみたオーロラは最高の思い出です。』

湯河原〈ゆうゆうの里〉轟 勉さん(82歳)

「ありがとう」は母の教えyg_voice17.JPG
父は海軍軍人で私が小学二年生の時に戦死しました。敗戦で国債も価値がなくなり、畑も小作地の開放で安く手放さざるを得なくなりました。母は、兄、姉、私、弟と四人の子供を苦労して育ててくれました。小さい頃から、「人に会ったらとにかく挨拶しなさい。」「何かしてもらったら『ありがとう』と言いなさい。」「出されたものは好き嫌い言わず残さず食べなさい。」ということは厳しく言われていました。それで『ありがとう』と言うのが自然と身に着いたのでしょうね。会社でも頼んだことをやってもらうと下の者にも『ありがとう』と言っていました。・・・


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「今の生き甲斐は庭園ボランティア! ~ これも義父のお陰です~」

伊豆高原〈ゆうゆうの里〉  栗本博様(74歳) ・ 君子様(73歳)

主人との出会いizu_voice41.JPG
(君子さん)実は主人は当時お付き合いしていた彼の友人だったんでです。グループで遊びに行く友人関係でした。でも、当時付き合っていた彼と結婚の話が出たときに、養子には行けないと言われ別れることになりました。その後、主人から「僕は養子でもいよ」と言ってくれたのと、人柄にも惚れて結婚しました。結婚後は私の実家に入り、同居生活が始まりました。

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『もっといろんな方とお話ししたい これからも楽しみが一杯です』

大阪〈ゆうゆうの里〉蔑崎(よしさき)安司さん(76歳)

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戦争中に生まれ、また7人兄弟だったので生活は大変でした。中学生の時は野球をしたかったけどできなかったので、自分でセメントを買ってきてバーベルを作りトレーニングをしていたんです。また石炭箱をもらってきて、当時流行っていたスマートボールの台を作ったり、竹とんぼを作ったりもしました。庭で野菜作りのお手伝いをしたりと、子供のころから物作りが大好きな子供でした。

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