神戸〈ゆうゆうの里〉

『それぞれの楽しみを満喫できるのも、お互いの協力と感謝があってこそ』

神戸〈ゆうゆうの里〉 戸田 文章さん(70歳)・久仁子さん(70歳)kb_voice44.JPG

(現役時代からボランティア)
 転勤族で国内外合わせて15回、引越ししました。子供が小さいうちは家族揃って引っ越したので、子供達にはかわいそうな思いをさせてしまったと思っています。反面、いろいろなところに住んだので環境に慣れることが苦にならず、どこでもやっていける自信がつきました。
また国内外で仕事をして思ったことは、「これから日本は少子高齢化が進み外国人が日本で働くようになる。だから外国の人に日本のことを知ってもらい理解してもらいたい。そのためには・・・
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⽬指すは "⽣涯現役薬剤師"

神戸〈ゆうゆうの里〉 田中 潤子様さんkb_voice43.jpg

薬学部を出て県庁で5年間働きました。結婚、子育てで仕事をやめて家庭に入りましたが、子供が中学校に上がる頃再び働こうと思いました。神戸には大正6年に日本のGNPの1割を売り上げた世界的な総合商社「鈴木商店」がありました。その主力になっていた薄荷事業と屋号を引き継いだ「鈴木薄荷」で、管理薬剤師として蒸留時の純度を分析する仕事に携わりました。純度が日によって変わる仕事はおもしろくやりがいもあり、一生懸命働きました。働くにつれこの会社の一員であることが喜ばしくなり、自社製品を見る度自分もこの中に関わっているのだととても誇らしい気持ちになり、今でもその気持ちは変わりません。約40年勤め70歳近くなったとき一旦退職しました。しかし...

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「悔いのない人生の秘訣は その都度の『決断』にあり」

池田様_顔_1_加工_5.jpg神戸〈ゆうゆうの里〉池田規久夫さん

一応裕福な家庭で育ち、国立大学を卒業後、工場に勤務、と順風満帆な人生でした。しかし20代の半ばに胸をやられ喀血してしまい、仕事を辞め入院生活をせざるをえなくなりました。当時は不況で賃金も3回に分けて支払われる世情、回復しても、胸を患って1年以上も療養した者が就職することは大変難しいことでした。そんな時支えてくれたのは家内です。家内とは毎週土曜日、御影の知人宅で開かれるダンスパーティで知り合いました。10歳年上で、よく言うフィーリングが合い(実はひと目ぼれ)、だんだんパーティ以外でも会うようになっていました。・・・

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「60代の今、穏やかな暮らしを手に入れて」

2P内藤様写真3_5xxx.jpg神戸〈ゆうゆうの里〉内藤明美さん(67歳)

人生の大半を母とふたりで暮らしてきた。母は私を産んだ後、理由あって離婚。実家に帰った。祖父母はよくしてくれたが出戻りは世間の目が冷たい時代で、母の兄弟や従妹からすれば私達は余計ものだった。従妹からこんなことを言われたと泣きながら訴えても、いつも母からは「ガマンしときや」が返ってきた。国鉄で働いていた母は、持っている服は1枚だけ。夜のうちに洗濯し、朝それを着て出かけていた。中学生になってから、母娘だけの二人暮らしを始めた。・・・

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団塊世代、ひとつの選択

神戸〈ゆうゆうの里〉土弘佳男さん(65歳)・眞理さん(66歳)kb39.jpg

現役時代、転勤族だった私は、53歳の時、早期退職を決めた。子供も独立し、幸い"自由の身"となる環境になり、故郷神戸に戻ることにした。こうして人より10年早くシニアライフを迎えることになった。学生時代から、カンツォーネに夢中だった私は、長年の夢であったイタリアを中心にヨーロッパ旅行をはじめ、色々なところに妻と二人で旅行を満喫することができた。私の父は明治生まれであったが、仕事柄、考えは非常に進んでいた。当時世間で知られ始めた有料老人ホーム・・・

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人生の最後を輝かせてくれるホームに入りたかった

神戸〈ゆうゆうの里〉平田道子さん(75歳)kobe38.jpg

47年間、仕事に打ち込んできた私は、いわゆる「おひとり様」。65歳で無事定年退職を迎えてからは、「老後の住まい選び」が私に残された人生の課題となった。その間母を95歳まで介護をした。母は嚥下状態が悪くなり、やむなく療養型病院(サラモーレ)に4年間入院し、ミキサー食となった。だんだん弱っていく母の姿を見て、自分も同じようになるかもしれないと思うと、とても不安になった。母には私がいたので良かったが、自分は子供がいないので絶対にホームへ入居しなければと強く感じた。・・・

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「日々の暮らしは感謝とともに」

國本様.jpg神戸〈ゆうゆうの里〉國本壽代さん(82歳)

阪神間8ヶ所の施設を主人とふたりで見学し、最後がゆうゆうの里だったの。廊下がきれいで、ちりひとつないのにはびっくり。主人は陶芸が好きで、陶芸のために播磨に山荘を建てて神戸の自宅と行き来していたぐらい。教室でも10年間教えていた。だから、陶芸ができるここを大変気に入ったの。入居してからは、陶芸を楽しむのはもちろん、気候の良いときはふたりで遊歩道を歩いたりしてゆったり里の生活を送っていたの。・・・

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「毎日を精一杯楽しむ」

卒業旅~1 - コピー.JPG神戸〈ゆうゆうの里〉野口康子さん(74歳)

69歳で宮崎県から引越ししてきて6年目を迎えています。主人とその土地の人柄や雰囲気に惚れ込み「老後も住み易いようにと建てた家」に住んでいました。ところが思いがけず早く主人に先立たれました。葬儀をすませた夜に倒れてしまい、近隣の方やたまたま通りかかった医師に助けられました。一人暮らしとなり、元気かどうかの確認に「朝起きたらカーテンを開けてね」と近隣の人達に優しく見守られながら生活をしていました。でも、いつまでも皆の世話になって暮らす訳にはいかないと・・・

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「ここに来てほんまによかった」

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神戸〈ゆうゆうの里畠山繁男さん(81歳)・一美さん(77歳)

神戸〈ゆうゆうの里〉の自然環境の良さ、そして何より介護体制の充実が気に入り入居を決めました。そんな私達も入居前にとても悩んだ問題がありました。"山の会"の集合が「早朝で大阪近辺」であることです。神戸からだと、随分早くに家を出なければいけません。そのことが、私達にとって大きなハードルでした。何度も見学・体験入居を重ねて気持・・・

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「ゆうゆう生活30年!!」

kbv1309.jpg神戸〈ゆうゆうの里古澤伸世さん(95歳)

入居当時は、平均年齢が60代後半!!みんなまだまだ元気で、私もよく三宮・大阪・京都まで映画や美術館・音楽会、そして買物などと出掛けました。里内では「謡曲サークル」へ入部し、毎週和室に集まり仲間と楽しみました。時々街の能楽堂へお能鑑賞に。ベテランの先輩の方々が次々と逝かれ自然消滅。今も和室の前を・・・

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食事と環境 ゆうゆうの里がどこより素晴らしい!

kbv1209.jpg神戸〈ゆうゆうの里相谷末子さん

実はゆうゆうの里で3箇所目の終の棲家になります。1箇所目は、新設の某有料老人ホームに魅せられて入居。食事は、当日食堂に行って和洋中を選ぶ事ができる所でしたが、どれを食べてもイマイチ・・・有名温泉と同じ泉質の大浴場も魅力でしたが、循環式でぬるく、8割ほどの湯量・・・

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もう10年前から住んでいる気分です

kbv1204.jpg神戸〈ゆうゆうの里吉野清嗣さん(69歳)

入居検討のきっかけは、一人暮らしだったので何かあった時に、息子には迷惑をかけたくないと思って66歳からホーム探しを始めました。ゆうゆうの里は、長年の実績と、共用施設が素晴らしい事に魅力を感じ、その上、ランニングコストが安い!入居金よりも、これから元気で長生きしていく上で、やはり毎月の支払は・・・

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ここで暮らして大正解

kbv1201.jpg神戸〈ゆうゆうの里川口史郎さん

65歳で仕事をリタイアしてゆうゆうの里に入居し、今年で米寿を迎えます。子供がなく、人には迷惑をかけたくないという強い思いがあり、55歳くらいからホームへの入居を考えはじめました。ホームを検討する決め手は三つ。①医療②食事③日当たりでした。そして、町にでやすい所・・・

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入居してからできたお友達と毎日を楽しんでいます

kbv1109.jpg神戸〈ゆうゆうの里佐藤豊さん

入居までは出身地の舞鶴で過ごしておられ、神戸に土地勘はありませんでした。今は入居されて4年が経って三宮の百貨店くらいはおひとりで行けるようになられましたが、入居当時は右も左もわからない土地なので、お友達に付いて行くのがやっとで、お一人で電車に乗って・・・

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行事に夢中で一年なんかあっという間

kbv01.jpg神戸〈ゆうゆうの里岩田 睦さん

平成11年に入居以来健康にも恵まれ幸せな毎日を送っています。元来趣味が多い上、皆さんに喜んでいただくことや共に笑って暮らすことが大好きなので、行事のときはいろいろな役割をいただきます。節分のときは大黒様の役を演じますがまさにはまり役、皆に福を授けるお多福様と一緒に「笑う門には福来るワッハッハ、オッホッホ」と繰り返します。そのほかにも「バス旅行」「夏祭り」創立記念日の「ゆうゆう劇場」「文化祭」「餅つき大会」と私の出番はめじろ押しです。次はこうしよう、ああしようと考えているうちに一年はあっというまに過ぎていきます。毎週参加しているヨーガや老化防止体操の効果もあり、皆に83歳と年齢を言うと驚かれます。このまま喜びと感謝の暮らしを続ければ100歳は大丈夫、と自分では確信しています。