湯河原〈ゆうゆうの里〉

『旅が生き甲斐。妻とみたオーロラは最高の思い出です。』

湯河原〈ゆうゆうの里〉轟 勉さん(82歳)

「ありがとう」は母の教えyg_voice17.JPG
父は海軍軍人で私が小学二年生の時に戦死しました。敗戦で国債も価値がなくなり、畑も小作地の開放で安く手放さざるを得なくなりました。母は、兄、姉、私、弟と四人の子供を苦労して育ててくれました。小さい頃から、「人に会ったらとにかく挨拶しなさい。」「何かしてもらったら『ありがとう』と言いなさい。」「出されたものは好き嫌い言わず残さず食べなさい。」ということは厳しく言われていました。それで『ありがとう』と言うのが自然と身に着いたのでしょうね。会社でも頼んだことをやってもらうと下の者にも『ありがとう』と言っていました。・・・


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『今は亡き夫が選んでくれた施設で、幸せに暮らしています。』

湯河原〈ゆうゆうの里〉江藤 明子さん(75歳)yg_voice16.jpg

結婚後も、デパートで販売の仕事をしていました。販売の仕事が好きで、誇りを持っていました。電話対応、包装、弁論大会(棚卸)などのコンクールではすべて優勝し、それらを認められてトレーナーを任されました。
ちょうどその頃、舅の具合が悪くなったこともあり、仕事を辞めようか悩みましたが、主人の「やるだけやってみたら。」という言葉で続けることができました。新入社員の教育、店内を回って販売員の対応やディスプレイ、ポップの指導など仕事も楽しく充実していました。そして定年になると...

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『妻との思い出を胸に自分らしい終の棲家へ』

湯河原〈ゆうゆうの里〉市川 義一さん(79歳)yg_voice15.JPG

独身時代は山岳が好きで高い山へ登っていたけれど、結婚後は妻に山登りを教えて、二人で低い山登りを楽しみました。もともとが東北育ちの為、山野草や自然が大好きで、四季折々に新しい発見や感動があります。それに、厳しい山に自分の足で歩いて頂上に立った達成感がなによりです。また、山道や休憩所での人との出会いも楽しくて、日本百名山を殆んど制覇しました。暇さえあれば富士山によく登りに行ったものです。特に...

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『私の明るさは負けなかったから・・』

湯河原〈ゆうゆうの里〉小峰 妃佐さん(78歳)yg_voice20170507.JPGのサムネイル画像

独身時代は、スキー・バレーボール・ダンスと、体を動かす事が大好きで活動的でした。しかし、24歳にスキー場で大事故にあってから、色々な病気との闘いが始まった気がします。卵巣膿腫、胆石、突発性難聴、メニエール病、腰部脊柱管狭窄症、湾曲症、憩室炎、バセドウ病、尾骨脊柱管狭窄症、黄斑前膜症、上行結腸憩室炎下血、変形性膝関節症、手術も沢山しました。腰部脊柱管狭窄症の治療は...

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『入居して掴んだものはカメラと水彩画の楽しい人生』

湯河原〈ゆうゆうの里〉藤村 徹さん(78歳)・明子さん(71歳)

yg_boice13.JPGご主人「ある日、カメラを下げて旅行に行く姿を見られ、声をかけられたのがきっかけで写真サークルに入る事になりました。メンバーとの撮影会では、季節を楽しみながら、色々な場所を知りました。外の撮影は、太陽の日差しが時間との戦いで、後悔する事も多く、後日同じ場所に何度も行って撮り直しもしました。そして、毎年一瞬にして消えてしまう花火をどうしても撮りたくて挑戦していますが...

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『喜びは皆と分かち合い笑顔のある人生を』

湯河原〈ゆうゆうの里〉古郡民雄様(84歳)・迪子様(82歳)
古郡民雄様(84歳)・迪子様(82歳)

〈 人生の選択 〉
 ご主人「昔から、困った人がいると放っておくことができない性格で、学校・職場・カトリック青年労働者連盟と、さまざまな出会いを通じて困っている事に正面から向き合い前に進んできました。38歳で幼稚園を立ち上げた事も大きな選択でした。」
〈 希望の幼稚園設立に向けて 〉
 ご主人「2200世帯の公団住宅に転居した時、ベビーブームだったので、団地内だけで440人の子供達が生まれ、・・・

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『今が一番幸せ。入居して本当に良かった』

寺田様 写真_2.jpg湯河原〈ゆうゆうの里〉寺田陽子さん(85歳)

 教員の主人とお見合い結婚をしたのですが、なんとアルコール依存症である事が判明しました。昼間は良い教師であり温厚な夫であるのに、一旦お酒が入ると変貌し、暴力、暴言の被害を受けました。度重なる恐怖と不安で夫に内緒で家を借り、何度も逃げて行きました。戻って来ると家の中はぐちゃぐちゃに散らかり、物は破壊されています。・・・

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安心の下に趣味に生きる幸せ

湯河原〈ゆうゆうの里〉田島祐子さん(70歳)yuga09.jpg

 母は独身時代、服飾デザイナーでしたので、戦後もオートクチュールのお店を構えて働きながら女手一つで子育てをし、父親の分まで愛情を注いでくれました。その母が80歳を過ぎた頃から徐々に認知症状が出はじめ、木更津の実家で介護生活を送るようになりました。少しでも母の役に立ちたいと、優しい夫に支えられながら、月に2回4〜5日泊りながら母の話相手にと通い続けました。・・・

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動けて、食べて、楽しめる100歳をめざして!

湯河原〈ゆうゆうの里〉富澤茂さん(77歳)yuga08.jpg

「専売公社(現JT)に勤め、塩研究所・塩専売廃止事業、その後たばこ製造試場に移り、主に製造機械の開発に従事していたんだ。在職中の金メダルとも言える日本専売公社総裁表彰を受けたんだよ。でも、53歳の時に妻の体調が悪くなり仕事を辞めて妻が望む生まれ故郷の秋田へ引越たんだ。回復したかに見えたが、59歳の時に筋委縮症を発症し・・・

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ダンスは私の生きがい!

P2-1.jpg湯河原〈ゆうゆうの里〉伊東百合子さん(90歳)

 『私は20歳の時に結婚したの。主人は仕事が忙しい人だったけど休みの日はいつも一緒に過ごしてくれた。中年から二人でゴルフにはまりフルショットができるようにお庭に小さなゴルフ場を作り、スイングの練習を教えてくれたのよ。私達には子供がいなかった事もあって早く入居しようと話しあったの。将来の不安もなくなるし、食事を作らなくてもいいしね。ここでゴルフを思う存分二人で楽しもうと思って・・・

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自分の人生は自分で決める

ygv05.jpg湯河原〈ゆうゆうの里磯村清子さん(79歳)

結婚した夫は、お酒が好きで5時に仕事を終えるとそのまま飲みに行き帰ってくるのは11時。玄関に三つ指ついてお迎えしろと言わんばかりの煩い人だった。友達と旅行に行きたいと思っても「ご飯や洗濯はどうするんだ」と嫌味を言われ、自由に行かれませんでした。夫が26年前に亡くなると、拘束がなくなり、今まで行けなかった海外・・・

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今の生活ができるのは全て夫のお蔭です

ygv04.jpg湯河原〈ゆうゆうの里〉山田弘子さん(86歳)

結婚後、専業主婦として家庭を守ってきました。子供もいなかったので、四十代半ばごろ「自分の人生はこのままでいいのか?何か一生を通じて出来るものはないか」と考えた時、子供の頃好きだった書道を思い出し、どこまで出来るか分からないけれど挑戦してみようと決めました。五十代半ばには師範の資格をとり、・・・

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私たち、毎日が幸せです

ygv03.jpg湯河原〈ゆうゆうの里〉高岡郁夫さん(84歳)・悦子さん(77歳)

定年を期に二人で念願の世界一周旅行に出かけた時、親しくなった方で湯河原<ゆうゆうの里>に入居しているご夫婦がいらっしゃいました。その時私達は、将来安心して暮らせる場所はないかと、丁度探していたところでした。旅行後、その方を訪ねに湯河原駅におりたった瞬間「空気が美味しい!」と感じました。施設の・・・

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やりたい仕事がある、それが元気の秘訣かしら

ygv02.jpg湯河原〈ゆうゆうの里〉藤野れい子さん(78歳)

主人の定年を期に、京都から藤枝に引越をしました。その時すでに主人は癌を患っていたのです。副作用が激しくて、みている私も本当に辛い思いもしました。自宅で看とった後、生きる希望もなく毎日ボーっと過ごしていました。その変わり果てた姿を見て息子も大変心配しました。私は58歳でした。そんな時、主人の担当医の奥・・・

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自分の人生ですもの、楽しまなきゃ!

ygv01.jpg湯河原〈ゆうゆうの里馬場恭子さん(80歳)

私は主人を早くに亡くし、子供二人を育てるのに若いうちから必死で働いてきました。看護師だったので時間は不規則、もちろん夜勤もあり、子供を十分に見てあげられる時間がなかったから、良い母親とは言えなかったかもしれません。でも子供達にはたくましく育ってほしいと常に思っていました。・・・

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趣味を満喫して充実した毎日を

ygv001.jpg湯河原〈ゆうゆうの里荒川 清さん

姉が佐倉〈ゆうゆうの里〉にすでに入居していたので、〈ゆうゆうの里〉には最初からとても親しみをもっていて、2年ほど待機登録ののち入居しました。自分自身は、入居するにあたり「元気な限りは今までと変わらない趣味などを継続させて、日々の暮らしを充実させること」を一番の条件としてきました。そのためには、湯河原〈ゆうゆうの里〉周辺の環境と設備、サークル活動や仲間がとても重要な問題でした。私の一番の趣味というのがテニスなので、事前に湯河原周辺のテニスコート設備などを調べますと、3~4箇所あることがわかり、また里の中に同じ趣味をお持ちの方がいることがわかりました。今では知り合った町の仲間と里の仲間で60歳からのメンバーで楽しんでいます。テニス以外にも、ゆうゆうの里外の図書館利用やハイキング、また里の仲間と楽しむ囲碁や、最近はじめた卓球などが今の自分のここでの生活基盤をつくっています。
今までの暮らしの継続だけでなく、さらなるふくらみをもって、湯河原〈ゆうゆうの里〉での生活を楽しんでいる毎日です。